
意外な音に、感情のスイッチを押す力があった。
僕の場合は、信号の「カッコウ、カッコウ」という音。
目の不自由な方が横断歩道を渡るために必要としている、あの音である。
この音を聞くと、不思議とワクワクした気持ちになる。
ところが、信号でセットになっている「ピヨ、ピヨ」には何とも感じない。
どうして「カッコウ」だけが、僕の感情に影響を与えるんだろう。
ずっと疑問だった。
「ピヨ」ではなく「カッコウ」だけ

こないだ、その謎が解けた。
家で昼寝をしていた時のことだ。
「カッコウ、カッコウ」
窓の外から、あの音が聞こえてきた。
僕のマンションは大きな交差点の近くにある。だから、信号の「カッコウ」がよく聞こえてくる。
「ピヨ」は別の方角を向いているらしく、部屋までは聞こえてこない。
窓を開けて昼寝していた季節

その時、ふと気づいた。
気候のいいこの時期、僕は窓を開けて昼寝をしている。
暑い時期や寒い時期は窓を閉め切っている。音楽を聴いていたり、テレビを見ていたりする時も、外の音にはあまり注意を払わない。
つまり「カッコウ」は、春や秋の気持ちいい時期にだけ、昼寝の時間へそっと入り込んでくる音だった。
なるほど。だからなのか。
音が連れてくる、春と秋の記憶

「カッコウ」を聞くと、寒くも暑くもない最高の日差しを思い出す。
窓から入ってくる風を思い出す。何もしなくていい、穏やかな昼寝の時間を思い出す。
あの音そのものが好きというより、あの音が連れてくる時間が好きだったのかもしれない。
春と秋、しかも昼寝という至福の時間限定。
そりゃあ、聞いたらワクワクするわけである。
もしかして音楽の原型かもしれない

そこで、ふと思った。
もしかして、こういう音って、音楽の原型になっているんじゃないか。
遠い遠い昔。
気持ちのいい季節に鳴く鳥の声を、誰かがマネをした。それを聞いた周りの人たちのテンションが、なぜか上がった。
そこで、ご先祖様が気づく。
「あれ?逆にテンションを上げたい時には、この音を出せばいいんじゃない?」
当時、言葉というものがあったのかは分からないけど。
みんなで盛り上がる前に、誰かが「カッコウ、カッコウ」と歌ったのかもしれない。
音とか匂いって、感情や記憶と深く結びついているらしい。
僕の「カッコウ」も、きっとそうだ。
信号機に刷り込まれた昼寝フェス

つまり、僕は信号機に季節を刷り込まれていた。
「カッコウ、カッコウ」
その音を聞くたびに、脳内では春秋の昼寝フェスが勝手に開催される。
信号はただ青を知らせているだけかもしれない。だけど僕には、こう聞こえる。
「気持ちいい天気だぞ。ちょっと、のんびりしようか」




