
ねぇ、スーパーの日本酒売り場で、目が合ってしまったこと、ある?
この日はまさにその瞬間だった。
真っ赤なラベル。
卵みたいな顔の奥様が、木桶の中でこっちをじっと見てる。
ふんわりパーマに、ちょこんと口紅。
そしてこう言ったんだ。

「かわいい顔して、本格派やで」
関西弁で、こちらに語りかけてくるこの人(?)
その名も、「生酛(きもと)造りの きもとさん」──
大手酒造メーカー「沢の鶴」の本気と遊び心が詰まった一本。
しかも、「生酛造り」って書いてある。
ちょうど唎酒師の修行で気になってた製法じゃん!
もう、気づいたらレジに持っていったよね。
あえて言おう、「この顔で生酛」です。

「生酛(きもと)」って、名前からしてちょっと、とっつきにくい。
でも、このきもとさん。
顔はユルいけど、造りはガチガチの本格派なんだ。
☝️ ざっくり説明すると、生酛造りとは──
てまひま惜しまず、自然の乳酸菌で酒母を育てる伝統の手法。
コク深くて、雑味が少なく、酸の輪郭がくっきりした酒になる。
…ということを知識で知っていた僕だけど、この「きもとさん」を飲んでみて、ようやく腑に落ちた。
香りから裏切られるって、ある?

ラベルを見ながら、瓶の栓をパキッと開ける。
ふわっと広がったのは、ヨーグルトのような、甘酒のようなやさしい酸味。
でも、その奥にヒノキみたいな凛とした爽快な香りも混じってる。
それでいて、ふくよかな米の奥深さもある。

これが…生酛の世界…?
グラスに注ぐと、ほんのり黄色く、すこしとろみがある。
いざ、ひと口。
やわらかい。とにかく、やわらかい。そして、芯もある。

酸味が立った香り、日本酒らしい押しの強い味かと身構えていた。
しかし、口に入れた瞬間、あまりのやわらかさに驚いた。
すっきりとしていて透明感があり、それでいて、米の旨味がじんわりと広がる。
後味はすっと切れる。
余韻は短めなのに、妙に心に残る。
グラス片手に、思わずつぶやいてた。
「これが生酛か、、、」
まだだ、きもとさんの本領は“ぬる燗”だ
公式HPには「お燗で」とある。
やるしかないでしょ。
グラスを電子レンジに入れて、40秒。

レンジが「チン」と鳴ったその瞬間、香りが変わった。
酸味がまろやかになって、米のふくらみがぐっと前に出てくる。
舌の奥に、ほんのり甘みが残る感じ。
これは……ぬる燗の魔法か?
心も体も、じんわりあったまる。
静かに、でも確かに。
きもとさんが近くに来た気がした。
そして、チーズと出会ってしまった
ぬる燗でほっとひと息ついていたら、ふと冷蔵庫のすみに転がっていたチーズが目に入った。
4つで100円の、おつまみ用のプロセスチーズ。
なんてことない、いつものやつ。
でも、この日は大活躍を見せてくれた。

口の中で出会った瞬間、きもとさんとチーズが溶け合った。
やわらかな酸味が、チーズのコクとぴたりと重なって、米のふくよかさがチーズの塩気をやさしく包み込んでいく。
まるで――もともとひとつだったものが、長い旅を経て、再会したみたいな。
チーズの余韻が、きもとさんでふわっと広がる。
きもとさんの丸みが、チーズをもっと深くしていく。
高いチーズじゃなくていい。
この日は、いつものあのチーズでよかった。
おいしさって、価格じゃないんだなって、ちょっと感動した。
デザインも「うまい」って、ずるい

この「きもとさん」は、日本酒のとっつきにくさを変えようと生まれたお酒。
生酛(きもと)って、読むのもむずかしい。意味も伝わりづらい。でもそれを、ラベルで解きほぐしてくれた。
ユルくて、かわいくて、でも芯がある。
沢の鶴は、外部デザイナーと組んで、“手に取りやすさ”をちゃんとデザインしてる。
結果、僕みたいな「ちょっとだけ日本酒わかってきたマン」でも、まんまと惹かれてしまった(笑)
最後にひとこと言わせてくれ

日本酒って、もっと自由で、もっと面白い。
味もラベルも、昔のイメージに縛られなくていい。
この「きもとさん」は、そんな気持ちをほんのり教えてくれた気がする。
だから、あなたにもすすめたい。
お店でこの「きもとさん」と目が合ったら、ぜひ手に取ってみて。
やわらかい見た目に、本格派の中身。
日本酒の扉を、そっと開けてくれる一杯になるから。
