家で書くと、文章が説明書になる。
外で書くと、文章が喋り出す。
なんなんだ、この差。
一人、悶々と記事を書いてると堅苦しくなるんだよね
なんか硬くて面白くない記事ができあがる。
かといえば、同じようなことを書いていても、指が踊るように面白い物語を紡ぎ出すことがある。
なんでだろう?ってずっと思ってた。
最近、気づいたのは、外で書いてる記事はなんかノリノリなんだよね。
対して、落ち着いて集中してるはずの家で書いた記事って、硬くて説明口調ばっか。んで、あとで書き直すことがしょっちょう。
ここ、一回まとめるとこんな感じ。
- 家:硬い。説明口調。あとで書き直す率が高い。
- 外:会話調になる。噛み砕いて書ける。指が踊る。
何が違うのかってずっと考えていた。
外だと、文章が喋り出す

ちなみに、ノリノリで書ける場所は、ブリューパブ大曽根。
土日に休みだと、ランニングを終えたら必ずここに来てiPadを開いて記事を書いている。今もだけどね。
グラスの音と、誰かの笑い声と、開くドアの気配。どうでもいいことだけど、僕が好きなビールは「KENZO IPA」。ビールの美味しさの全てが詰まってるような、ブリューパブ大曽根の最高傑作だと思ってる。
なんかね、人がいるとこで書いてると、ちょっと文体が違ってくる。
会話調になるんだよね。別に、誰かと話してるわけじゃないのに。
ビール飲みながら黙々と記事を書いてるだけだけどね。
ねえ、文章ってさ、ひとりで煮詰めるほど重くなってかない?
人の気配が、言葉を柔らかくする
僕は思うんだ。人間って、こういう場にいることが大事なんだって。
つまり、人が集まるところにいないと、人として孤立して、その結果、自分だけの思考になったりする。
人が集まるところに行けば、たとえ自分だけの世界のつもりでいても、誰かと接してるような気分になって会話調になったり、説明調だったのが噛み砕いて書くようになったりする。
ビールの力を借りて書いてるだけだって?
否定はしない(笑)
でも、お酒の力だけじゃないんだよね。
周りに人がいるっていう緊張感みたいなのが思考に影響を与えているみたいなんだ。つまり、人は環境によって思考が変わるってことなんだと思う。
大曽根駅前で昼呑み執筆宣言
というわけで、次の休日のミッションが決まった。
ビールじゃなくて、日本酒なら?
しみじみとした記事になるかもしれないね。
あっ、いいこと思いついた。駅前の昼呑み屋で記事を書いたらいいんちゃう?
大曽根駅前で昼間っからお酒飲んでiPadとにらめっこしてるしてるやつがいたら、そいつがKOKIXだ(笑)










