真夏の太陽が照りつける午後。
「なんか美味しい酒ないかなぁ」
僕はふらっと大曽根駅すぐ近くの酒屋、佐野屋さんへ立ち寄った。
エアコンの風にほっとして、すみっこの棚を何気なくながめていた、その時。
目に飛び込んできたのは――
透明な青、そして深緑。静かにたたずむ2本の瓶。
そのラベルに書かれていたのは、あの名前だった。
「伯仲」

しかも、2本。
まさか、まさか。
これが……伯仲燦然……!?
思わず、背筋がピンと伸びた。
店内の空気が一瞬で張りつめる(※脳内だけ)。
僕は、まだ棚に在庫がたくさん並んでるのに、なぜか「やばい、今すぐ無くなるかも……!」と焦って2本をつかんでレジへ向かった。
「伯仲」とは何者か?

幻の日本酒「伯仲」は、山姥切国広(やまんばぎりくにひろ)の公開を記念して、栃木県足利市で限定醸造された純米酒。
刀剣好きの間では“幻の一振り”と語られる銘酒だ。
そしてそれに対抗するかのように、大曽根にも“もう一振り”があらわれる。
徳川美術館で山姥切国広と本作長義(ほんさくながよし)の展示を記念して、地元の酒蔵「金虎」が手がけた限定品。
その名も 「大曽根伯仲」。
そう、足利伯仲と大曽根伯仲が、同じ名を持ちつつも、まったく異なる個性を放ちながら、ひっそりと街に存在している。
しかもその2本が今、僕の手にある。
冷蔵庫でじっくり冷やして、夜を待った。
ラベルがすでに語っていた

まずはビジュアルから向き合う。
大曽根伯仲は、透明の瓶に青いラベル。2本の刀が交差するようなデザイン。
どこか夏の空気を感じさせる、爽やかで涼しげな色合いだけど、触るものみな傷つけるような特別なオーラを放っている。
足利伯仲は、渋い緑の瓶に白のラベル。山姥切国広をモチーフにした、無駄を削ぎ落としたようなシンプルな構え。
本物だけが醸し出せる“武の格”がにじみ出ている。
視覚からすでに始まっていた、二刀の鍔迫り合い。
一杯目:大曽根伯仲(from 金虎)

グラスに注ぐと、ほんのりと黄金が差す透明感。
そして、ふわりと甘い吟醸香が舞い上がる。まるで、百合の花が突然、空気の中に開いたような気配。
手のひらに伝わる冷たさに、ほんの少し緊張する。
「この一口が、何かを変えてしまう気がする」とさえ思った。
そして――ぐびり。

甘い香りとは裏腹に、味は鋭く、潔い。
スパッと舌の奥を斬り抜けるようなキレ味。
余計なものが一切ない、まるで刀のような輪郭。
これは、例えるならば――
飾り刀かと思っていた殿様の一振りが、実は戦場で一騎当千の妖刀だった、そんな裏切られ方。
ラベルは青でも、中身は炎を纏っていた。
二杯目:足利伯仲(from 第一酒造)

こちらも透明に近いが、やや輝きは落ち着きがある。
香りは穏やかで、酸味の輪郭がほのかに立っている。
一口。

おお……こっちは、斬るために生まれてきた刀だ。
余韻に残る旨味、だがそれも一瞬。
辛口の切れ味がスパークして喉の奥に消えていく。
これはまさに、戦場で戦いの日々を送った武将の名刀。
何百人の血を吸ってきたが、それが語られるのは後の世になってから。
そんな伝説のような酒。
二刀流でいただく

交互に飲むと、アタックが全然違う。
大曽根はふんわり。
足利はガツンと。
そして、切れ味はどちらも国宝級。
勝ち負けは、選べるはずもない。
まさしく、伯仲。それぞれが唯一無二の立ち位置で、火花を散らしていた。
妻の一言、そして僕の満足

ちなみに、僕がこの感動を妻に話した時の反応はこうだった。
「ふ〜ん。あ、どうでもいいけどお寿司美味しいね」
ちょっと!幻だよ!?伝説の刀だよ!?切れ味すごいんだよ!?
……まぁ、いいか。斬られるのは僕の役目だから(笑)
そして、余韻は心の中に
2本とも空になった瓶。
でも、胸の奥には何かが残っていた。
この2本の名刀に斬られるのなら、本望だった。
静かな夏の夜、大曽根の誇りと、刀剣のロマンと、
幻の日本酒に斬られた傷は、まだじんわりと、心の中で疼いている。
おまけ:あなたも斬られてみない?

もし徳川美術館へ行く予定があるなら、帰りに大曽根商店街で伯仲を探してみて。
ひと口で、あなたもきっと――
「斬られた側の人間」になる。





