
大曽根のど真ん中に、謎の道があるのをご存知だろうか。
駅前にある、1階にセブンイレブンが入っているフロントビル。大曽根の玄関口みたいな場所。
ビルの裏手に、妙な道がある。
駅前なのに、誰も人が寄りつかない不思議な道。
深夜に歩いたら、妖怪にでも出くわしそうな雰囲気がある。もしここでぬりかべに会っても「でしょうね」と思うくらいには不思議な空気がある。

大曽根の近くに住む知人も「なんか変な道あるんだよね」と不審がっていた。
僕も正直なところ、この道には何か不思議な感覚があって、通るのを避けていた。
斜めに伸びる細い道。
まっすぐ進むとビルに突き当たり、申し訳程度に横へそれて大通りに接続している。
なんだ、この道は。
こんな道を、都市計画で描くだろうか
大曽根は数度にわたる都市計画に沿って作られている。
人々の生活や街の未来に直結する都市計画である。綿密に練って作られるはず。そんな計画に、こんな中途半端な道を図面に描き込むだろうか。
何か理由があるはず。
斜めになっている理由。
突き当たりのような形で残っている理由。
駅前の一等地に、説明のつかない余白みたいな道が残っている理由。

気になり始めると、もう確かめずにはいられない。
僕は走り出した。
フロンティアビルの裏へ入る。
駅前のすぐそばなのに、空気が少し変わる。日が照っているのに薄暗く感じる。
人通りの多い大通りから一歩入っただけで、時代から取り残された異空間のように感じる。
小学校の裏手を通って進む。

マンホールの赤茶けた蓋が、ギラギラと光を跳ね返していた。
まっすぐな道なのだが、都市計画を無視したように自分の進みたい方向へと向かっていた。
何かの形をなぞっているようにも見える。
道路として作ったというより、もともとあった線が街に残ったような感じがする。
走りながら、頭の中でずっと引っかかっていた。
この斜めの線は、何だ。
「橋」という名前が残っていた

しばらく進むと「彩紅橋通」という交差点に出た。
橋ですか?
ということは、ここに川があったのか?
名探偵みたいな顔をしているが、ただ信号の文字を読んだだけである(笑)
周りを見渡しても、橋があった痕跡は何も残っていない。道路があり、建物があり、いつもの街が続いているだけ。
しかし、地名だけは昔の痕跡を教えてくれている。
実は、信号の上にある交差点名の表示。あれは街に残る歴史ガイドなんだよね。
普段は何気なく見ている名前の中に、消えた川や橋の記憶が残っていることがある。

「彩紅橋通」。
橋の名前が残っているなら、この近くに水の流れがあったのかもしれない。そう考えると、いくつかの違和感がつながり始める。
斜めに走るイチョウ並木の道。
やけに広く取られた道幅。
駅前なのに、妙に説明のつかない通り方。
車のために広くした道ではなく、もともと川の幅があったと考えると、急に腑に落ちる。

この道の広さは、交通量の都合ではなく、川の名残なのかもしれない。
とはいえ、交差点名だけで決めるには早い。
もう少し先まで走ってみる。
イチョウ並木は、まだ続いていた

途中、大通りに出る。
ここで道は終わるのかと思った。ところが、大通りの向こうにもイチョウ並木が続いていた。
しかも、謎に大通りと並行するように曲がっている。あいかわらず都市計画なんてガン無視の道。

そう思いながら進んでいくと、黒川にぶち当たった。石造りの河岸に、今来た道の真下にアーチ型のトンネルが見える。
川は生きていた。
黒い口から、川がつながっていた。地下に押し込められ、人の目に触れない暗渠となっても、水は流れていたのだ。

ああ、やっぱり。
謎の道は、かつて川だった。調べてみると「大幸川(だいこうがわ)」という名前だと分かった。
斜めで、やたらと広くて、駅前なのにどこか説明のつかない形をしている理由が、現場で見えてきた。街の中に残っていたのは、ただの変な道ではなかった。
見えなくなった川の線だった。
なぜ行き止まりのように残ったのか

では、なぜ駅前で行き止まりのような形になっているのか。
ここからは僕の仮説である。
川の全部が一気に道になったのではなく、場所によって暗渠化された時期に差があったのではないか。
先に暗渠化された場所には上にビルが立ち並んだ。川は建物の下から地上へと流れる。そして、後から別の区間も暗渠化され、最後に道として整えられた。
そんな時間差が、今の謎の行き止まりのような形を生んだのではないか。
そんなふうに考えている。

大曽根駅前の謎の道。
走ってみると、かつての川にたどり着いた。
ミステリーはひとつ解けた。
しかし、この話には続きがある。
大幸川の暗渠化によって、街の中心に道を作り上げた大曽根の都市計画。
街の記憶が刻まれた場所が、ちゃんと残っている。
続きは後編にて。





