大曽根駅前の誰も寄り付かない謎の道|たどってみると川の記憶が浮かび上がった

2026-06-01

大曽根のど真ん中に、謎の道があるのをご存知だろうか。

駅前にある、1階にセブンイレブンが入っているフロントビル。大曽根の玄関口みたいな場所。

ビルの裏手に、妙な道がある。

駅前なのに、誰も人が寄りつかない不思議な道。

深夜に歩いたら、妖怪にでも出くわしそうな雰囲気がある。もしここでぬりかべに会っても「でしょうね」と思うくらいには不思議な空気がある。

大曽根の近くに住む知人も「なんか変な道あるんだよね」と不審がっていた。

僕も正直なところ、この道には何か不思議な感覚があって、通るのを避けていた。

斜めに伸びる細い道。

まっすぐ進むとビルに突き当たり、申し訳程度に横へそれて大通りに接続している。

なんだ、この道は。

こんな道を、都市計画で描くだろうか

大曽根は数度にわたる都市計画に沿って作られている。

人々の生活や街の未来に直結する都市計画である。綿密に練って作られるはず。そんな計画に、こんな中途半端な道を図面に描き込むだろうか。

何か理由があるはず。

斜めになっている理由。

突き当たりのような形で残っている理由。

駅前の一等地に、説明のつかない余白みたいな道が残っている理由。

気になり始めると、もう確かめずにはいられない。

僕は走り出した。

フロンティアビルの裏へ入る。

駅前のすぐそばなのに、空気が少し変わる。日が照っているのに薄暗く感じる。

人通りの多い大通りから一歩入っただけで、時代から取り残された異空間のように感じる。

小学校の裏手を通って進む。

マンホールの赤茶けた蓋が、ギラギラと光を跳ね返していた。

まっすぐな道なのだが、都市計画を無視したように自分の進みたい方向へと向かっていた。

何かの形をなぞっているようにも見える。

道路として作ったというより、もともとあった線が街に残ったような感じがする。

走りながら、頭の中でずっと引っかかっていた。

この斜めの線は、何だ。

「橋」という名前が残っていた

しばらく進むと「彩紅橋通」という交差点に出た。

橋ですか?

ということは、ここに川があったのか?

名探偵みたいな顔をしているが、ただ信号の文字を読んだだけである(笑)

周りを見渡しても、橋があった痕跡は何も残っていない。道路があり、建物があり、いつもの街が続いているだけ。

しかし、地名だけは昔の痕跡を教えてくれている。

実は、信号の上にある交差点名の表示。あれは街に残る歴史ガイドなんだよね。

普段は何気なく見ている名前の中に、消えた川や橋の記憶が残っていることがある。

「彩紅橋通」

橋の名前が残っているなら、この近くに水の流れがあったのかもしれない。そう考えると、いくつかの違和感がつながり始める。

斜めに走るイチョウ並木の道。

やけに広く取られた道幅。

駅前なのに、妙に説明のつかない通り方。

車のために広くした道ではなく、もともと川の幅があったと考えると、急に腑に落ちる。

この道の広さは、交通量の都合ではなく、川の名残なのかもしれない。

とはいえ、交差点名だけで決めるには早い。

もう少し先まで走ってみる。

イチョウ並木は、まだ続いていた

途中、大通りに出る。

ここで道は終わるのかと思った。ところが、大通りの向こうにもイチョウ並木が続いていた。

しかも、謎に大通りと並行するように曲がっている。あいかわらず都市計画なんてガン無視の道。

そう思いながら進んでいくと、黒川にぶち当たった。石造りの河岸に、今来た道の真下にアーチ型のトンネルが見える。

川は生きていた。

黒い口から、川がつながっていた。地下に押し込められ、人の目に触れない暗渠となっても、水は流れていたのだ。

ああ、やっぱり。

謎の道は、かつて川だった。調べてみると「大幸川(だいこうがわ)」という名前だと分かった。

斜めで、やたらと広くて、駅前なのにどこか説明のつかない形をしている理由が、現場で見えてきた。街の中に残っていたのは、ただの変な道ではなかった。

見えなくなった川の線だった。

なぜ行き止まりのように残ったのか

では、なぜ駅前で行き止まりのような形になっているのか。

ここからは僕の仮説である。

川の全部が一気に道になったのではなく、場所によって暗渠化された時期に差があったのではないか。

先に暗渠化された場所には上にビルが立ち並んだ。川は建物の下から地上へと流れる。そして、後から別の区間も暗渠化され、最後に道として整えられた。

そんな時間差が、今の謎の行き止まりのような形を生んだのではないか。

そんなふうに考えている。

大曽根駅前の謎の道。

走ってみると、かつての川にたどり着いた。

ミステリーはひとつ解けた。

しかし、この話には続きがある。

大幸川の暗渠化によって、街の中心に道を作り上げた大曽根の都市計画。

街の記憶が刻まれた場所が、ちゃんと残っている。

続きは後編にて。

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