ゆとりーとライン15キロ走破!気楽だなんて思ってた自分に喝!

2024-12-27

大曽根駅から高蔵寺駅まで、約15キロ。

そこには高架と道路を走る、日本で唯一のガイドウェイバスシステム「ゆとりーとライン」がある。

僕は、「ゆとりーとライン走破」の称号を手に入れるべく走り出した。「ゆとり」って名前からして、のんびりした響きだよね?

でも、「気楽な距離」だなんて調子に乗ってると、天罰が襲いかかるんだ――それは読んでのお楽しみ(笑)。

スタート地点:曇天の空に期待を込めて

スタート地点の大曽根駅。

空は灰色に曇り、風はほとんどない。ランナーにとって日焼けを気にせず走れる、絶好のランニング日和。

最初は順調だった。足取りも軽いし、周囲の景色が新鮮に映る。

だけど、そんな余裕が続くわけがないんだよね…。

苦しみの始まり:2キロ地点での異変

わずか2キロ。

砂田橋付近で高架が左に大きく曲がるところで、突如として訪れる「痛み」

左ふくらはぎがピキッと鳴った瞬間、「やばい」と本能が叫ぶ。

痛みが出なくなるまでゆっくりと、歩きに近いスロージョギングに切りかえた。

「気楽な距離だ」なんて言った自分を、今すぐタイムマシンで叱りに行きたい。だけど、止まるわけにはいかない。ランニング旅は始まったばかりだ。

水のない川:ゆっくりだからこそ見える景色

ペースを落としてみると、いろんな発見がある

例えば、3キロ地点で出会った水のない川

川底が遊歩道になっていて、「そもそも水を流す気がないんだな」と思わずツッコミを入れたくなる。

暗渠(あんきょ)なのか?この川はどこから来て、どこへ向かうのか?

走るたびに小さな疑問が生まれるのが、ランニング旅の楽しいところだね。

白沢渓谷:急坂を楽しむ

そして迎えたクライマックス、5キロ地点の白沢渓谷

僕の古い愛車がアクセル全開で挑んでも苦しむ急坂だ。

自分の足で登れるのか?答えはNO(笑)。歩いて進むしかない

それでも、一歩一歩踏み出すたびに体が前に進む感覚がたまらない。汗がほほを伝い、心臓の鼓動が心地いい。

この坂の頂上には、尾張四大観音のひとつ、「竜泉寺」が待っている

坂を登り切った時の達成感は、きっとその苦しみに比例するはずだ。

竜泉寺:色彩が語る生きる力

竜泉寺の黒い門をくぐると、目の前に広がるのは鮮やかな白と赤に彩られた本堂

日本建築の繊細さと華やかさが融合し、ただの建物ではなく、「生きる力」を表現しているかのようだった。

境内を散策すると、奥には高くそびえる塔が見えた。優美な姿にふと立ち止まる。

そして、地面にはネコがのんびりと丸くなっている。ブルーシートの上で目を細めるその姿は、竜泉寺の「のんびりした空気」を象徴しているようだった。

手を振って「ウッス!」とあいさつしてみたものの、やはりあっさり無視される(笑)。

このカラフルで力強い寺の空間は、「生きていることそのものの喜び」を静かに教えてくれる場所だった。

倶利加羅不動寺:異世界への扉

竜泉寺を後にし、急坂を下ると次にあらわれるのは名古屋唯一のチベット仏教寺院「倶利加羅(くりから)不動寺」

急斜面には、石垣の上に築かれた赤と金の鮮やかな本殿「強巴林(チャンバリン)」がそびえたつ。

チベット最古の寺院を模して作られたとか。どこか異世界の雰囲気を漂わせていた。

門には金色に輝くマニ車が設置されていた。

金属の冷たさを感じながら、「ふくらはぎが治りますように」と祈りながら回してみる。

沼地だった道:未来への進歩を思う

20年前、この道は細い砂利道でね、時代劇に出てくる村の中に迷い込んだような、何もない場所だったんだ。

道の両脇には沼地が広がり、通るたびにタイヤが泥に飲み込まれそうで、水たまりを避けてゆっくり運転していたのを覚えている。

妖怪かなんか出てきそうな雰囲気で、気持ちは焦ってたけどね(笑)。

それが今では、舗装が完璧に整備され、周りにはコストコやイオンといったショッピング施設が立ち並んでいる。時代は進歩してるんだね。

ゴール間近:天罰が許された!?

残り3キロ。

気がつけば、しつこく僕を悩ませたふくらはぎの痛みが消えていた

「あれ?治ってる?」と思った瞬間、強巴林での祈りを思い出した。

「天罰が許されたってこと?」と心の中で苦笑い。

あのマニ車を回したことで、何かしらの功徳を積んだと信じるのも悪くない。やっぱり心が軽くなると、体もラクになるもんだね。

でも、それだけじゃない。

原因は気持ちの乱れだったのかも

ふと考えると、痛みの原因は最初から僕のフォームにあったのかも。

左脚ばかりに負担をかけて走っていたから、あのピキピキが起きたんだろう。実は、痛いと思ってそこに意識が集中すると、痛みが増すことがよくあるんだ。

お寺に寄ってリラックスできたことで、気持ちが痛みから離れ、脚全体のバランスが取れるようになったんじゃないかな。

祈りが効いたのかはわからないけど、ランニングの神様が「次はちゃんと走れよ」って言ってくれてる気がした。

僕はその声に応えるべく、ゴールに向けて軽快にスピードを上げた。

結び:走る旅がくれたもの

高蔵寺駅へと通じる東谷(とうごく)橋の歩道。すぐ横をガイドウェイバスが通り抜けていく

ついに、ゴールの高蔵寺駅へとたどり着いた。

15.3キロの旅は約3時間。

途中、歩いた時間も多かったけど、その分だけ多くの景色と向き合えた。

駅前のコンビニで買ったご褒美のビールを飲み干し、帰りはゆとりーとラインのバスにゆられる。

ゆったりバスの旅

高架から眺める名古屋の街並みが、どこか新鮮に映った。

ランニング旅は、車や電車では気づけない景色を教えてくれる。

「ペースを落とした時にしか見えないものがある」――今回の走破で、そんなことをあらためて感じた。

次はどんな道を走ろうか。そんなことを考えると、脚の痛みすら愛おしく思えてくる。

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