プロギング初挑戦|大曽根の道に落ちていたのは、ゴミと昔の自分だった

いよいよ真夏へと片足を突っ込んだ今日この頃。

僕は暑さが苦手だ。30度を越えるような日に外へ出るなんて、自殺行為だと思っている。

だからなのか、ランナーのくせして秋には丸々と太ったおっさんに生まれ変わっている。

今年こそ夏でも走りたい。

暑い日にも走るには、玄関を蹴り飛ばして外へ出るくらいの強い理由がいる。

考えてみると一つだけ思い当たった。

プロギングである。

最近よく聞く言葉だけど、つまりはゴミ拾いをしながらジョギングするということだ。

プロギングなら誰かの役に立つ。

暑い中でも走るために、自分を説得できる材料になるのではないか。

さらには、お手軽に徳を積むこともできる。そんな自己中心的な理由で、僕はプロギングに挑戦することにした。

大曽根交差点、いきなり吸い殻だらけ

両手に軍手をはめ、ゴミ袋を持って走り出した。

コースは、大曽根交差点からスズラン商店街を進み41号に出るというもの。

片道1.5キロ。帰りは逆側の道を通れば完璧である。

大曽根交差点をスタートしようとした。

もう、いきなりである。タバコの吸い殻が、そこかしこに捨ててある。

一つずつ拾っていく。

走るどころではない。青信号をいくつやり過ごしただろうか。

ようやく、ゆっくりと走り出した。

とにかく、タバコの吸い殻が多い。拾った個数で言えば8割くらいだろうか。ゴミ袋から灰の匂いがしてくるほどだった。

特に交差点にたくさん捨ててある。しかも、火のついたまま捨てたと思われるものが山ほどあった。

そんなに大曽根を燃やしたいのか?

声に出さなかっただけで、ほぼ叫んでいた。

他に見当たるゴミは、お菓子の袋、レシートといったところ。

意外や意外。ゴミって少ないんだ。

タバコの吸い殻をいくら拾ったところで、量としてはたかが知れている。これは袋一杯にはならないのかも。

なんて思いながら走っていた。

41号に近づくほど、ゴミは増えていく

ところがである。

折り返し地点となる41号の交差点に近づくに従って、加速度的にゴミが増えていく。

手入れされていない荒れた植え込み。その中に、隠すように捨てられたゴミたち。きっと、捨てるという行為が恥ずかしかったから隠すようにしたんだろう。

恥ずかしいと思うなら、そんなことするんじゃねぇ!

僕は声を大にして言いたかった。

いや、ちょっと待て。

僕にそんなことを言う資格なんてあるのか?

胸に手を当てて考えてみた。

「ポイ捨てなんてしたことありませんよ」

そんなことを真顔で言えるような人間ではない。誰も見ていないところで、ゴミを捨てたことはいくらでもある。

「ゴミを捨てるな」とか、何を偉そうなことを言っているのか。

途切れることなく続くゴミの道。僕はふと、こんなことを思った。

これは、僕が捨ててきたゴミだ。

このゴミを片付けることが、僕のやるべきことなんだ。

徳を積むって、そういうことなのかもしれない

そうか。

そういうことなのか。

徳を積むって、いいことをすることだと思っていた。けれど、そういう立派な話だけではないのかもしれない。

自分が見ないふりをしてきたものを、ひとつずつ拾い直す。

自分の過ちを振り返り、少しずつただしていく。

それもまた徳を積むということなのかもしれない。

「お手軽に徳を積む」なんて自己中丸出しだった。しかし、ゴミを拾って走っていたら、心に刃を向けられた。その輝く刃に、自分の姿が映っていた。

そんな気がした。

ゴミ袋はあっという間にいっぱいになった。

41号の交差点に残されたゴミは宿題ということにしておこう。

やってみたら、普通にできた

拾いながら走っていると、挨拶をしてくれる方が2人いた。

見ている人はいる。

実はプロギング、ずっとやろうと思っていた。ただ、気恥ずかしくてやらないままだった。

ゴミ袋を持って走る自分を人にどう見られるのか。どこかでそんなことを気にしていた。

やってよかった。

全然、普通にやればいいんだよ。ゴミを拾うって本当にお手軽。けれど、自分を見つめ直すいい機会にもなる。

帰り道、キレイになった道を眺めながら走った。

なんだか、ちょっとだけ誇らしかった。

◆お掃除は心をキレイにするのかもラジオが教えてくれた「紙ワザ」:新聞紙で鏡のウロコ、10分で消滅

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