【己書奮闘記】パレットが汚れてるだけで、こんなに描きにくいのか

何かを上達したい時って、つい技術のことばかり考えてしまう。

描き方が悪いのか。センスがないのか。練習が足りないのか。

僕も最近、ずっとそんなことを思っていた。

けれど今回の己書の幸座(講座)でつかんだのは、もっと手前のことだった。

うまく描けるかどうかは、描く前の準備でかなり決まっているのかもしれない。

課題は、水彩だった

毎月第2、第3金曜日は己書の日。

ここ最近、夜な夜な筆ペンと水彩絵の具を手に取って、自主練に励んでいる。習い事って、やったぶんだけ身になる。どうせ授業料を払ってやるなら、目一杯うまくなりたい。

そんな気持ちで続けている今、僕の課題ははっきりしていた。水彩だ。

上手い下手の前に、何をどうすればいいのかが分かっていなかった。絵の具に水をつけて、なんとなく色を塗る。気がつくと色は濁るし、思ったような表情も出ない。まるで小学校の図工の時間みたい。

これでは物足りなかった。

己書らしさがあって、なおかつ自分らしい世界観を色でも出したい。そのためには、水彩をもっと知らないといけない。

そんな課題を持って、今回の幸座に向かった。

こういうお題に、僕は弱い

今回、僕が選んだお題は、いかにも僕好みだった。

ダイナミックな構図。ハガキからはみ出すように書かれたカスれた文字。その上に、神様が小さくちょこんと乗っている。

このお題をゼロから描き出す、そのセンスにいつも感心してしまう。いったい、どこから来てるんだろう。

まずは文字を書く。神様を描く。そこまではいつもの流れ。

そして、いよいよ課題の水彩へ移る。

水彩は、水加減がすべてだった

水彩の肝は水加減。

ほんの少しだけ、ハガキの上に水が乗る感覚で描いていく。

最初は薄い色で、そっと水を乗せるように塗る。そして、グラデーションをつけたいところに絵の具をチョコンと置いて、にじませる。

フワッと絵の具が広がって、色に表情が出た。

うまくいった。

その瞬間、気づいたことがある。

水彩を描きやすくするための必勝法みたいなものが、僕にはあったんだと。

必勝法は、意外なほど地味だった

それは、パレットをキレイな状態で描き始めること。

今までの僕のパレットは、使いっぱなしだった。

あちこちに古い絵の具が残っていて、濁った色がたまっている。その隅っこでちまちまと混色しながら、変な色が混ざらないように気をつけていた。

つまり、描く前から面倒くさかったんだ。

幸座に向かう前、その古い絵の具をキレイさっぱり落としておいた。そしたら、ものすごく描きやすかった。

余計なことを考えなくていい。狙った色を、狙った水加減で筆に含ませる。そのことだけに集中できる。

それがすごく楽しかった。

僕の中で色をつける作業は、どこか「おまけ」みたいな感覚があった。

文字や絵を描いたあとの、仕上げの一工程みたいな。でも、パレットをキレイにしただけで、その時間そのものが楽しくなった。

気のせいか、グラデーションまで前より生き生きして見える。絵の具のにじみ方も、呼吸が合ってきたように感じた。

いいものは、整ったところから生まれる

「パレットをキレイに作戦」は大成功だった。

そして、ここでちょっと思った。これ、絵だけの話じゃないな、と。

次に向かう前に、ちゃんと整えておく。頭の中も、気持ちも、道具も。

そうやって余計な濁りを減らしておくことが、いいものを生み出す入口になるのかもしれない。

今日の幸座で描いたのはハガキ4枚。けれど、それ以上に大きなことをつかんだ気がしている。

まずは、散らかり放題の自分の部屋を片付けるところからかな(笑)

2026-04-18|タグ:
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