
ボワットブランシュで、僕は時間を忘れた。
夜の大曽根。
ビルの隙間からちらほらと灯る街灯、帰りを急ぐ人々の足音。
街角を抜けると、急に空気が変わる。住宅街の静けさ。
「……お腹、すいたな」
そんなことを思いながら、僕はとある小さなビストロの前で足を止めた。
隠れ家ビストロ「ボワットブランシュ」

やさしげな電球のあかりが薄暗くなっていた通りを照らしていた。
奥ではお店の方がフライパン片手に、ジャジャジャっと何かを炒める音が聞こえた。
「ボワットブランシュ」――フランス語で「白い小箱」。
十数年前から大曽根の片隅で、美食家たちを静かに魅了し続けている名店だ。
ドアを開けると、温かなオレンジ色の照明。

赤く塗られた壁には、野菜や料理のイラストが描かれている。
この店の料理への情熱と探究心が、視覚でも伝わってくる。
カウンターに腰を下ろし、まずはビールを注文した。

GARGERY Xale──”倒れる”ビール
不思議な形なグラスを見て、僕は驚いた。
底が丸い。

このまま置いたら倒れるじゃないか。
専用のグラススタンドに置かないと、すぐに転がっちゃう。
飲みすぎて酔っぱらったら、グラスを倒してしまうに違いない。
……いや、もしかして、それが狙いか?(笑)
ひと口飲む。
甘みと苦みが同時に押し寄せ、口の中でせめぎ合う。
しばらくすると、スッと華やかな余韻が広がり、心地よく喉を通り抜けていく。

「このビール、ここでしか見たことないんですよ」僕はお店の方に聞いてみた。
GARGERYというビールは飲食店専用で、小売りはしていないとのこと。
つまり、この一杯を味わうには、ここに来るしかない のだ。
ワインと料理──至福の組み合わせ
頼んだのは、以下の4品。
✅ アルゼンチンの白ワイン「LOVE」
✅ 前菜の盛り合わせ
✅ ジャガイモのテリーヌ 白トリュフ風味
✅ 鴨のカスレ
さあ、宴の始まりだ。
白ワイン「LOVE」──まるでブドウそのもの

グラスを傾けると、フワッと立ち上るフルーティーな香り。
ひと口飲んで、思わず笑みがこぼれた。
「え、これワインっていうより、ブドウそのままじゃん?」
みずみずしい酸味と果実の甘み。
まるで、朝摘みのブドウをそのまま口に放り込んだような爽快感。
これは料理との相性が楽しみだ。
前菜の盛り合わせ──これはもう、ワインのための皿

運ばれてきた皿を見て、思わず声が出た。
「え、これ、前菜っていうレベルじゃないぞ?」
生ハム、肉のパテ、ベーコン、ブリの刺身、ニンジンサラダ、生野菜……

もう、ワインのお供としては夢のような布陣。
特に気に入ったのは 肉のパテ 。

コショウがピリッと効いていて、肉の旨みがじわっと口の中に広がる。
ワインを流し込むと、スッと酸味がパテの脂を切ってくれる。
「前菜だけで完成されてるぞ!」
ジャガイモのテリーヌ──”海と山”の極上マリアージュ
ボワットの名物。
ベーコンに包まれたジャガイモのテリーヌ。

中にはイワシ、周りには白トリュフ香るクリームソース。
ナイフを入れ、弾力感のある脂の乗ったベーコンを切る。
続いて、ジャガイモのほくほく感が顔を出す。
口に入れると、イワシのぎゅっと引き締まった身がアクセントになり、トリュフの香りが鼻を抜ける。

「……これ、ずっと食べていたい」
時間が止まった。世界はこの皿と僕だけしか存在しないような錯覚におちいった。
この一皿のためだけに、ボワットに来る価値がある。
鴨のカスレ──”骨付き肉は正義”

ラストは、鴨のカスレ。
トマトとハーブで煮込まれた白インゲンの上に、ゴロリと鎮座する鴨。
「鴨がメインじゃなくて、スープが主役ですよ」とお店の方が笑う。
スプーンですくってトマトソースで煮込まれた白インゲンを一口。

「うまっ……!」
ハーブの香りと、トマトの酸味と甘味がじわっと染み込む。
そして、鴨にかぶりつく。噛めば噛むほど、じんわりと広がる鴨の旨み。

骨を手に取り、ワイルドにかじると、美味しさが一段階上がる。
「原始人に戻った気分だ(笑)」
ボワットブランシュ、また来るぜ。

気づけば、ワインのボトルは空になっていた。
久々の訪問だったけど、やっぱりここは間違いない。
「また来よう」
美酒と美食の熱狂を夜風で冷ましながら、家路につく。
ふと振り返ると、ビストロの灯りが静かにゆれていた。

「また来いよ」そう言われた気がした。
次は、どんな一皿が待っているのだろう。




