没頭していると、描いている世界へ飛んでいける。
この世とは違う、別次元の世界に飛んでいってみたい。
己書は、異次元を旅するパスポートなのかもしれない。
2日連続の己書で、今日は何を描くのか

いつもは毎月第2、第3金曜日に開かれる己書の幸座(講座)。しかし今日は土曜日。しかも昨日、幸座があったばかり。
土日でないと来られないという声に応えての開催となったようで、僕も先生にお願いして受けさせてもらうことになった。
さすがに2日連続となると、ブログに書くことがない(笑)
いやいや、そんなことはない。昨日は昨日。今日は今日。昨日は墨を乗せる感覚でなんだかいい感じに書けた。
その感覚を、今日はもう少し深く、自分のものにしたかった。
なぜ僕は鬼や仁王に惹かれるのか

選んだお題は、鬼や達磨や虎や仁王といった、僕好みの豪快なやつ。
昨日、このお題を見てひと目で気に入って、先生にリクエストしておいた。
なぜ、こういう題材に惹かれるのか。
鬼や達磨って、人の心の中にしか存在していないからだと思う。実際、どこかにいるわけじゃない。だから描くと、自分の心の中がそのまま映し出される気がするんだよね。
花や動物だと、「こんな形でいいんだっけ?」とつい悩んでしまう。正解がありそうだから。
その点、鬼はいい。
心の中にいる鬼を描けばいい。そう思うと、一気に開き直れる。
迷いは、そのまま線に出る

さて、お題の絵を描いていく。
こういう主題を大きく描くものには、以前に教わったちょっとしたコツがある。
カスれを生かすこと。
筆ペンをグッとハガキに押し付けて、素早く動かす。勢いよく走った線の中に、白が混じる。そこに影のような立体感が出る。
逆に、迷いながら筆ペンを動かすとダメ。
「どう描くんだっけ?」と頭が止まったまま線を引くと、だいたいひょろひょろした細い線になる。自信のない線だ。迷いは、そのまま絵に出る。
1枚目は、まさにそれだった。
うまくカスれない。思い切りが足りない。線は細く、どこか頼りない。幸い、細かったぶん後からカスれた線を足してごまかせたけれど、あれは明らかに迷った絵だった(笑)
達磨に“気”が乗った2枚目

2枚目で描いたのは達磨。
ここで、ようやく腹が決まった。
ただひたすら、筆ペンを押し付けてグリグリと描く。没入感が半端じゃない。達磨を描いているというより、自分が鬼の側に入り込んだような感覚だった。
「これでもか!」と筆ペンを押し当てる。
もともと存在しない世界のものなんだから、好きに描けばいい。心の中にあるものをそのまま出せばいい。

そうやって描いた達磨は、睨みつけるような視線の強さが出た気がした。4枚の中で、いちばん気に入ったのはこの2枚目だ。上手い下手というより、いちばん“気”が乗った。
3枚、4枚と続く。
コツは同じ。頭の中に理想の線を描いて、それをハガキに乗せるだけ。
言葉にすると、ものすごく簡単だ。
できれば苦労しない系のコツなんだけどね(笑)
昨日よりも“己”を見つめて描けた

それでも今日は、昨日よりも自分の精神面、つまり“己”を見つめながら描けた気がする。線の形を整えるというより、自分の内側にあるものをどう出すか。そっちに意識が向いていた。
今日もサクッと4枚仕上げた。
先生からも「よくできたね〜!」とお言葉をいただけた。
いつもなら「ここをこうしたらもっと良くなるね」と、次につながるアドバイスをもらえることが多い。なのに今日は、ベタ褒めである。あれ、そんなに良かったのかなと、ちょっと嬉しくなる。
いや、2日連続で先生も言うことがなくなって、めんどくさくなっただけかもしれないけど(笑)
次は、踏みつけられた鬼になる

帰り支度を始めると、先生が嬉しそうに話し始めた。
「法隆寺の台座にいる鬼って知ってる?」
そんなに詳しいわけではないけど、たぶんこんな奴だろう。神様に踏みつけられて、恍惚の表情を浮かべているドMな鬼である。
「すごく可愛いの」
先生、そういう趣味があるんですね(笑)
どうやら先生は、僕が神仏や鬼の世界に食いついて、目を輝かせているのを見抜いていたらしい。
「違う世界に行けるんだよね」って。
そうそう、それなんだ。
没頭して描いていると、その世界に入り込める。
神仏の絵を描いていれば、力強い世界や慈愛に満ちた世界へ連れていかれる。鬼や仁王を描いていれば、自分の心の奥にいる何かまで映し出される。
己書って、字や絵を整えるだけのものじゃないのかもしれない。
心の中にある世界へ飛んでいくためのパスポート。
どうやら、次のお題は決まったようだ。
僕は次回、踏みつけられた鬼になる(笑)





